2009年02月20日

だいぶ、沈静化しました


だいぶ、沈静化しました。
火山の状況に関する解説情報 第40号 気象庁地震火山部によれば、


http://www.seisvol.kishou.go.jp/tokyo/STOCK/volinfo/VK20090205160008_306.html

            火山性地震   火山性微動
 1日          245回      8回
 2日           93回     10回
 3日           56回(6回)  2回
 4日           53回(1回)  0回
 5日(15時まで)    11回(0回)  1回


ということです。

今回の噴火の放送動画です










ちなみに日本火山の会http://www.kazan-net.jp/のメーリングリストです。

噴火の時の状況は、フリーメールに残っていますので
興味のあるかたは、入会のうえ御覧ください。
入会方法は、下記に書いてあります。

http://www.kazan-net.jp/kazanML.html

マスコミの方、火山に興味ある方は、このさい、お入りになることをおすすめします。噴火映像をカメラに撮れるかもしれませんよ。



■最近の噴火と比較してみました
データーは気象庁のものを使っています。

2008年浅間山噴火リスト
1 2008年8月10日 02時37分  ごく小規模  400メートルの噴煙
2 2008年8月11日 20時05分  ごく小規模  200メートルの噴煙
3 2008年8月14日 07時59分  ごく小規模  400メートルの噴煙

今回の噴火規模
1 2009年2月2日 01時ジ51分  小規模 
2,000メートルの噴煙



2004年の噴火とのSO2比較
今回の噴火は、小規模ですが、co2の料だけは多いみたいです。

二酸化硫黄放出量(トン(日量))
平成16年9月3日
900 1,400 1,600 1,600 1,900 1,600 2,400 1,400
平成21年2月3日 4,300 3,900

注1)数値が2つ以上ある日は、複数回の観測を行っています。
注2)二酸化硫黄放出量が100トン以上は100トン単位で、100トン未満は10トン単位で数値を掲載しています。


車両または航空機*より紫外線相関スペクトロメータまたは紫外線差分吸収分光計で観測した、二酸化硫黄(SO2)の放出量の推移を示しています。


防災メモ 二酸化硫黄(SO2)放出量の観測

 火山から噴出する火山ガスの主なものには、水(水蒸気)、二酸化炭素、硫化水素、二酸化硫黄、塩化水素などがあります。そのうち二酸化硫黄(SO2)は、マグマから放出されて、あまり変質を受けずに大気中に噴出してくるガスであるため、その放出量の動向は火山活動の状態を知るバロメータになります。

 今回は、三宅島や浅間山において実施しているSO2 放出量の観測方法を紹介します。SO2 放出量の観測には、COSPEC(COrrelation SPECtrometer 、Resonance 社(カナダ)製)という装置を用いています。この装置は、太陽光線に含まれる、特定波長の紫外線をSO2が吸収する性質を利用し、噴煙が吸収した紫外線の量から、噴煙中のSO2の濃度を推定するものです。


 観測はトラバース観測法という方法で実施します。これは、ヘリコプターや自動車等にCOSPEC を据付けて、噴煙の下をくぐり抜けながら、噴煙を通り抜けてくる紫外線量を測定し(下図参照)、これと、あらかじめ噴煙のない空で観測しておいた紫外線量の差から、くぐり抜けた噴煙の断面のSO2 濃度分布を推定するものです。気象庁では、求まった濃度分布に上空の風速をかけ合わせて、観測した瞬間のSO2放出率を計算し、さらに、これを1 日あたりのSO2 放出量に換算して公表しています。

http://www.seisvol.kishou.go.jp/tokyo/STOCK/monthly_v-act_doc/tokyo/03m06/300_03m06memo.pdf
より抜粋
posted by マネージャー at 15:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月02日

2009年2月2日浅間山が噴火

浅間山が噴火しました!

 2004年の噴火では山上がりの変化が有ってから約20〜30時間後に噴火が発生しています。というわけで、1日22時から2日朝8時がまでに、噴火があると予測されていました。そのために、1日20時頃から調査のためにパトロールを3時間おきにおこないました。

 まず、20時。
 鬼押出し園の有料道路が封鎖中。
 地震研究所にも明かりが。
 風はほとんどなし。満天の星空です。

 毎日、ひまわりの種を食べに、うちの庭に来ている二十羽あまりの野鳥たちが、一羽もいないことを除いて、全く普段とかわらないので「本当に噴火するのかなあ?」という感じでした。あまり実感がわいてこないというのが正直なところでした。

 23時。変化無し。浅間園では無臭でした。動物たちもみかけません。私のような酔狂な人間もゼロでした。

 2日1時50分。
 下記のライブカメラに異変があり、出動!
 http://www.ktr.mlit.go.jp/tonesui/camera/asama/asamahigasi.htm
 http://www.ktr.mlit.go.jp/tonesui/camera/asama/asamanisi.htm

 2日1時59分。
 噴火!(2〜3分)
 赤い火が!
 肉眼でも見えました。すぐに、消えましたが。

 私が目撃した地点は、浅間牧場から浅間園にむかう途中の道です。火山灰が降るかと期待して、峰の茶屋に向かい、20分待機しましたが何もふってきません。片蓋川にも行きましたが、ダメ。何も降ってきません。

 音ですが、私が、赤い火を見たときは、聞こえてなかったです。ただし、それを見る前まで、車の運転をしていたので、聞こえてなかっただけで、あるいは、音がしていたのかも? というのは、家の玄関で、噴火らしい音が聞こえたような気がしたから。

 どっちにしろ、2004年の時のような大きな音はなかったです。風の音だったのかもしれないし。臭いは、峰の茶屋でもしてなかったですね。それから誤解のないように、言っておきますが、今回の噴火は、小規模噴火で線香花火程度のもの。こちらは何一つ変わったことはありませんので。


 それから、どうやら浅間山噴火のテレビの画像が派手らしい。月が無い星空にもかかわらず、夜間の浅間山が、くっきり写るライブカメラは、とうぜんのことながら「暗視カメラ」です。だから実物より噴火の色が派手に見えるものです。火山弾も赤く見えやすいんです。それから山頂付近のアップであることも、派手に見える原因です。

 さて、気象庁が出している4キロ制限ですが、もともと火口から4キロ以内には、入れないのです。御安心を。さて、火口から4キロといいますと、どれが引っかかるかと言いますと浅間園ですね。火山博物館は、ぎりぎりセーフです。まあ、どっちにしろ冬期休業中なので影響はありません。あと、引っかかる場所は、ありませんので御安心ください。

 それからこれは、素人の素朴な驚きですが。噴火の予測が、ピシャリと当たったというのは、凄いですね。研究者たちの勝利ですね。それから気象庁も今回、絶妙なタイミングで警報が発令しましたね! 座布団一枚さしあげたい。
posted by マネージャー at 15:30| 浅間山・噴火情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月09日

浅間山活動史

浅間山活動史

■黒斑期(-2.1万年前)

現在の黒斑山は東に開いた馬蹄形カルデラです。カルデラ形成以前は、現在の湯の平付近に中心火道を持つおよそ2800mの成層火山であったと考えられています。カルデラ形成は2万3千年前。このときに発生した岩屑なだれの痕跡が前橋台地や浅間山周辺の流れ山として確認できます。

■仏岩期(2.1-1.5万年前)

 浅間山を南から見ると山体右側に膨らみを確認する事ができます。これが仏岩火山です。黒斑山の山体崩壊後活動を開始しました。1万5千年前の大規模噴火からしばらくしてその活動を終えます。万座鹿沢口周辺に見られるベージュ色の崖はこのときの噴出物です。この噴火によってカルデラが形成されたと考えられています。

■前掛期(1.5万年前-現在)

 仏岩火山の活動終了後、現在の位置で噴火が始まりました。大きな噴火としては4世紀、1108年、1783年のものが知られ、溶岩流、火砕流の噴出を伴っています。1108年の噴火は1783年の噴火の倍の規模で山頂に小規模なカルデラ状地形を形成しました。現在の前掛山です。

■685年(天武天皇14年:飛鳥時代)(日本書紀)
685(天武天皇14)年 噴火?

1108(天仁元)年9月5日 大噴火
広範囲の降灰砂、田畑大被害。追分火砕流及び舞台溶岩流が火口外に流出。噴出物約30億トン(注 以前は史料による1281年の噴火が「大噴火」とされていた)。

1281(弘安4)年7月3日 噴火?
1527(大永7)年5月 噴火
1528(享禄元)年 噴火
1532(享禄4)年1月14日 噴火
噴石は火口の周囲8qにわたり落下、直径25m以上の「七尋石(ななひろいし)」が残っている。降灰は120qに及びその後の雨とともに積雪が融解・流下し、山麓の道路、人家に被害。なお、この後同年中(天文元年)さらに噴火

1534(天文元)年 噴火
1582(天正10)年2月16日 噴火
1590(天正18)年 噴火
1591(天正19)年 噴火
1595(文禄4)年 噴火?
1596(慶長元)年5、8月 噴火
5月1〜5日 噴火、5日 噴石のため死者多数、8月19日 噴火

1597(慶長2)年4月 噴火
1598(慶長3)年 噴火
1599〜1600(慶長4)年 噴火
1605(慶長10)年 噴火
1609(慶長14)年 噴火
1644(正保元)年2月 噴火
1645(正保2)年2、5月 噴火
1647(正保4)年2、3月 噴火
1648(慶安元)年3月 噴火
1m以上の積雪を融解、追分駅を流失、夏にも噴火。

1649(慶安2)年 噴火
1650(慶安3)年 噴火
1651(慶安4)年 噴火
1652(承応元)年 噴火
噴石のため山麓焼ける。

1655(明暦元)年11月25日 噴火
1656(明暦2)年12月10日 噴火
1657(明暦3)年11月25日 噴火
1658(万治元)年7月24日 噴火
1659(万治2)年7月24日 噴火
鳴動、降砂。

1660(万治3)年4月4日 噴火
1661(寛文元)年 噴火
4月4、14、27日、10月21日 噴火

1695(元禄8)年 噴火?
1703〜1704(元禄16〜宝永元)年 噴火
1706(宝永3)年 噴火
1708(宝永5)年12月29日 噴火 江戸に降砂。
1710(宝永7)年4月13日 噴火
1711(正徳元)年 噴火降灰。
1713(正徳3)年 噴火?
1717(享保2)年9月23日 噴火
1718(享保3)年9月26日 噴火 鳴動。
1719(享保4)年 噴火
1720(享保5)年6月6日 噴火
1721(享保6)年 噴火 6月22日 噴石のため登山者15名死亡、重傷1名。
1722(享保7)年 噴火
1723(享保8)年 噴火
1728(享保13)年 噴火
1729(享保14)年 噴火 降灰。
1732(享保17)年7月30日 噴火
1733(享保18)年7月30日 噴火 噴石。
1752(宝暦2)年 噴火
1754(宝暦4)年 噴火 夏から秋に数回、降灰のため農作物被害。
1776(安永5)年9月5日 噴火 降灰。
1777(安永6)年 噴火 数度にわたり噴火

1783(天明3)年大噴火
5月9日から8月5日頃まで約90日間活動。7月28日には江戸で戸障子振動し、降灰あり。8月2日には火山雷・噴石のため前掛山は火の海となった。8月3日には牙(ぎっぱ)山にも噴石落下、山麓まで山火事、銚子まで降灰。8月4日は北麓に吾妻(あがつま)火砕流を流出。関東中部で降灰のため昼も暗夜のようになる。8月5日午前大爆発とともに鎌原(かんばら)土石なだれが発生、北麓に流下、吾妻川を塞ぎ次いで決壊、多量の水が利根川に出て流域の村落を流失した。鎌原土石なだれ発生直後に鬼押出(おにおしだし)溶岩が北側斜面を流下。死者1151 名、流失家屋1061棟、焼失家屋51棟、倒壊家屋130余棟、噴出物総量4.5×108m3。

1803(享和3)年 噴火
7月4日降灰。11月7日噴石のため分去(わかさり)茶屋倒壊。11月20日江戸に降灰。

1815(文化12)年2月28日 噴火
1864(文久3)年頃より鳴動。
1866〜1867(慶応2〜3)年 活動。
1867(慶応3年)8月 噴火 降灰。
1869(明治2)年 噴火 春から秋にたびたび噴火。
1875(明治8)年6月14日 噴火 降灰。
1879(明治12)年9月 噴火
1889(明治22)年12月24日 噴火 噴石のため山火事。鳴動。
1890(明治23)年1月5日 
21時00分頃より鳴動。翌6日3時00分頃まで10余回の鳴動。

1894(明治27)年 噴火 4〜6月に数回噴火、降灰、爆発音。

1899(明治32)年 噴火
3、7、8月に噴火、8月7日には爆発音・降灰が関東北部まで達した。

1900(明治33)年 噴火
1〜4月に噴火、爆発音大、空振、噴石、降灰広範囲。7、8、11、12月にも噴火、降灰、鳴動。

1901(明治34)年3〜8、10月 噴火 降灰。
1902(明治35)年2、8月 噴火 鳴動、降灰。
1903(明治36)年5月28日 噴火
1904(明治37)年8月4日 噴火 降灰。
1905(明治38)年 10月21〜28日 鳴動。
1906(明治39)年4月6、20日 噴火 鳴動。
1907(明治40)年1、3、8月 噴火 鳴動、降灰。
1908(明治41)年2、8、9月 噴火 鳴動または降灰。
1909(明治42)年 噴火
1月29日 空振のため山麓で小被害。4月 噴煙多量、関東北部に降灰。5月31日 爆発音80qまで、降灰広範囲。7月7日 関東北部に降灰。8、11月 鳴動、12月7日 空振のため山麓で家屋、窓ガラス被害。東京でも家屋振動、降灰は太平洋岸、鳴響は仙台付近及び美濃東部に及ぶ。山林焼失する。

1910(明治43)年 噴火
1、2、5、7、9、10、11月に鳴動または降灰など。12月2、15、16、25日には爆発音100q以上に及ぶ。

1911(明治44)年 噴火
1〜4月 活発に活動、爆発音大、降灰広範囲で、しばしば関東北・中部に及ぶ。特に爆発音は1月18日には東方100〜150q以上、4月3、4日には富山県まで。5月8日 噴石多量、死者1名、負傷者2名、空振による家屋の被害、爆発音240qに及ぶ。7〜9月 ときどき噴火、8月15日 死者多数。10月22日、12月3日 爆発音100q以上に及ぶ。

1912(明治45〜大正元)年 噴火
1、2、4、7月 ときどき噴火、爆発音、降灰。10月連続して噴火し、火口底浅くなる。12月噴火続き、火口底さらに浅くなり火口縁と同じくらいになる。

1913(大正2)年 噴火
2、4〜11月 活発に噴火、爆発音大、降石、降灰広範囲。特に5月29日 登山者1名死亡、負傷1名。6月17日には降灰は東方太平洋まで、爆発音の外聴域出現。

1914(大正3)年 噴火
1〜6、11〜12月 活発に噴火、爆発音大(東京でも聞こえる)、降灰広範囲。特に3月3日 空振強く山麓で戸障子はずれる。

1915(大正4)年  活動衰えたが、5、6、8月に山頂に火映。
1916(大正5)年5〜10月 弱い噴火
1917(大正6)年5、7月 弱い噴火
1918(大正7)年5、6月噴火 鳴動。

1919(大正8年)年3、5、7、8月 噴火
3月14日 噴火、噴石、降灰砂。5、7、8月に弱い噴火。

1920(大正9)年12月 噴火
連続的に噴石活動、噴煙多量。12月14日 噴石のため峰の茶屋焼失、軽石多量噴出。12月22日 山火事200ha以上。

1921(大正10)年 噴火
1〜6月 噴火活発、1月18日、6月4日に空振のため山麓で戸障子破損。その他鳴動、降灰。

1922(大正11)年 噴火
1〜4月噴火、噴石、降灰。特に1月14日爆発音が東京でも聞こえ、山麓で空振のため戸障子破損。

1924(大正13)年 9、10月噴火、降灰。

1927(昭和2)年 噴火
9〜12月 噴火、4月頃から噴煙の増加が始まり、9月から鳴動、10月には爆発音大、降灰もあった。

1928(昭和3)年 噴火
2月23日 爆発音大、山麓で空振のため戸障子破損、噴石広範囲で分去茶屋焼失、屋根の破損多数。3月は数回噴火し、鳴動、降灰など。7月も数回噴火し、鳴動、降灰。

1929(昭和4)年 噴火
9月5日 山頂有感地震。9月18日 直径30〜60pの噴石が3qも飛び、山林焼失。空振のため山麓で戸障子破損。爆発音の外聴域出現。4、10、11月にも1回ずつ噴火。

1930(昭和5)年 噴火
4月は数回鳴動、少量の降灰。6月11日噴火4〜5回、強い空振、爆発音の外聴域出現、山火事。7月 数回鳴動、降灰。8月 活発に噴火し降灰、降石、20日 火口付近で死者6名。9月の爆発も強く噴石、降灰広範囲。10月17日 噴火。

1931(昭和6)年 噴火
3月、6〜7月に1〜数回の噴火、降灰。8月は活発に活動し噴石、降灰など。特に20日に遭難3名、爆発音の外聴域出現。9月前半に数回噴火、降灰、噴石。10、12月 数回噴火し、特に12月8日には空振のため山麓でガラス破損、爆発音の外聴域出現、関東南部にまで降灰。

1932(昭和7)年 噴火
2〜7月 毎月十数〜数十回噴火。爆発音大、降灰広範囲の噴火もあった。9月にも数回噴火、鳴動、降灰。

1934(昭和9)年 11月小噴火

1935(昭和10)年 噴火
1、2月に1回ずつ噴火。4月に数回噴火し特に20日は爆発音、空振が大きく山麓で戸障子はずれガラス破損。5月も活発でしばしば山火事発生。6〜11月も毎月数回噴火。

1936(昭和11)年 噴火
2〜4、7〜11月に毎月数回〜数十回の噴火。特に7月22日には爆発音の外聴域出現。7月29日及び10月17日にはそれぞれ登山者1名死亡。

1937(昭和12)年 噴火
2〜7月に毎月数回噴火。3月18日 爆発音、空振大きく山麓で戸障子被害、降灰は関東中部に及ぶ。

1938(昭和13)年 噴火
3〜12月に毎月数〜数十回噴火。5月21日に爆発音の外聴域出現、山麓でガラス破損。6月7日 降灰多量。噴出物総量2×105m3。7月16日 登山者遭難若干名、農作物被害。9月20日に山麓でガラス破損。10月4日、12月11、28日に爆発音大きく可聴域大。9月26日 13時43分噴煙高度8,200m。


1939(昭和14)年 噴火
全月数回噴火。2月2、15日には爆発音大きく可聴域大。

1940(昭和15)年 噴火
2、4〜6、9〜11月に毎月数回、12月から噴火回数増加。

1941(昭和16)年 噴火
毎月十数〜数十回噴火。4月1日 爆発音の可聴域大、山麓でガラス破損多数。7月13日 死者1名、負傷者2名。

1942(昭和17)年 噴火
全月数〜数十回噴火。5月には可聴域大、山火事など。

1944(昭和19)年 噴火
6〜12月に毎月数〜数十回噴火。

1945(昭和20)年 噴火
1〜8、10〜11月に数〜数十回噴火。

1946(昭和21)年 噴火
10月に1回噴火。

1947(昭和22)年 噴火
6、7、8月に1回ずつ噴火。8月14日12時17分の噴火では噴石、降灰、山火事、噴煙高度12,000m、登山者9名死亡。

1949(昭和24)年 噴火
3、4、7〜10月 噴火。8月15日 負傷者4名。特に9月活発、9月3、21日は爆発音の外聴域出現。

1950(昭和25)年 噴火
9月23日4時37分の噴火で登山者1名死亡、6名負傷、山麓でガラス破損、爆発音の外聴域出現。10、12月にも1回ずつの噴火、噴石、降灰。

1951(昭和26)年 噴火 2〜6月に1〜数回の噴火。
1952(昭和27)年 噴火 6月に3回噴火、降灰。
1953(昭和28)年 噴火 12月に6回噴火、降灰。

1954(昭和29)年 噴火
1〜7月毎月数十回、8月以後10月を除き毎月数回噴火。6月24日 関東南部に達する降灰。9月6日かなりの範囲に噴石、降灰。

1955(昭和30)年 噴火
1〜6月毎月1〜数十回噴火。6月11日爆発音の外聴域出現。

1958(昭和33)年 噴火
10〜12月活発に噴火。11月10日22時50分 爆発、爆発音の可聴域大、多量の噴石、火砕流、降灰、噴出物総量3.6×105m3、空振による山麓のガラス・戸障子の被害広範囲、爆発地震の震度2(追分)。

1959(昭和34)年 噴火
3〜8月毎月1〜十数回噴火し、ときどき降灰。4月14日は噴石のため山腹に多数の山火事、関東南部まで降灰。

1961(昭和36)年 噴火
8〜11月に毎月数〜数十回噴火。8月18日に23ヶ月ぶりに噴火、かなりの範囲に噴石、降灰、行方不明1名、耕地、牧草に被害、噴出物総量7×104m3。

1965(昭和40)年 噴火
5月に弱い噴火、黒煙のみ確認。その後、約4年間地震活動の活発な状態続く。

1973(昭和48)年 噴火
2月1日に11年3ヶ月ぶり(1965年5月の弱い噴火を除く)に大きな噴火をして5月24日まで活動。2月1日 空振により山麓のガラス戸破損。小規模な火砕流が3回発生。6月に火映。

1981(昭和56)年 3月7〜11日、8月10〜12日 地震群発。

1982(昭和57)年 
1月17日地震群発。4月26日 噴火小規模の火砕流、房総半島まで降灰。農作物被害。10月2日 微噴火群馬県長野原町でごく少量の降灰。

1983(昭和58)年4月8日 爆発
爆発音、火口上に電光と火柱、山腹(南斜面)で山火事発生、長野県・関東地方北部・福島県の太平洋岸まで降灰。

1990(平成2)年3月〜1991(平成3)年2月 
地震・微動多発(その中で7月20日に噴火)。7月20日 微噴火火口から東〜東北東山麓の狭い範囲で微量の降灰。

1991(平成3)年 1〜9月 地震回数やや多い。

1994(平成6)年
7〜12月 地震回数やや多い。11月24日M2.3の地震発生。

1995(平成7)年
4〜7月 地震回数やや多い。噴煙活動やや活発。

1996(平成8)年
5〜12月 地震回数やや多い。噴煙活動やや活発。

1997(平成9)年
1〜5月 地震回数やや多い。噴煙活動やや活発。

1999(平成11)年
5月3日 地震多発。8月上旬〜中旬 地震多発。11〜12月上旬 地震回数やや多い。

2000(平成12)年
4月17日 地震多発。9月18〜23日 地震多発。10月下旬〜12月地震回数やや多い。11月下旬〜12月 噴煙活動やや活発。

2001(平成13)年
1〜4月 地震回数やや多い。噴煙活動やや活発。

2002(平成14)年
6月20〜24日 地震多発。6〜9月 地震回数やや多い。噴煙活動活発。

2003(平成15)年 微噴火
2月6日、3月30日、4月7、18日 微噴火。2月6日は火口周辺のみ、3月30日は山頂部から山腹にかけて少量の降灰。4回の噴火のいずれかにより、火口付近(火口縁から約300m)に最大4cmの火山礫(れき)が飛散。噴煙活動活発。

2004(平成16)年9月〜12月 噴火
9月1日に21年ぶりに爆発して活動を再開。9月1日の爆発は、大きい爆発音と空振を伴い、噴石を飛散、山頂の北東6kmまで最大3cmの火山礫が降下、北東方向の群馬県・福島県(最も遠いところは相馬市)の一部で降灰。9月14〜18日 小噴火がしばしば発生、特に16日未明〜17日夕方はほぼ連続的に発生。南東の軽井沢町には多量の降灰があり、群馬県・埼玉県・東京都・神奈川県・千葉県(最も遠いところは勝浦市)の一部でも降灰。この頃火口底に新しい溶岩が出現。9月23日 爆発。中程度の爆発音と空振が発生。爆発地震により軽井沢町追分・御代田町御代田で震度1。山頂の北北東4kmに最大3cmの火山礫が降下、北北東方向の群馬県・新潟県・山形県(最も遠いところは東根市)の一部で降灰。9月29日 爆発。弱い爆発音と空振が発生。爆発地震により軽井沢町追分・御代田町御代田で震度1を観測。山頂の北4kmに最大4cmの火山礫が降下、北から北北東方向の群馬県嬬恋村・長野原町・草津町等の一部で降灰。11月14日 爆発。大きい爆発音と中程度の空振を伴い、山頂の東4kmに直径4〜5cm火山礫(最大は7.5cm)が降下、長野県、群馬県、栃木県の一部で降灰。

<日本活火山総覧(第3版)(気象庁編2005)による。>

posted by マネージャー at 18:30| 浅間山の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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